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死を前にした安らぎを。
例に漏れず私も第九まつりである。
2年ほど前から縁あって声掛けしてくださるプロジェクト合唱団で年末を過ごすのが常である。
夏の終わりにオーディションを行いプロジェクトはスタートする。
今年はクリスマスコンサートも含めて9回の公演。
ご一緒するのはウクライナの楽団とロシアの楽団である。
この2つを往き来するのは不思議な感覚。文化的、歴史的、政治的、どのアプローチでも複雑な関係をとある日本人が往き来する。
ウクライナのマエストロはとてもリリカルで、抑制された中のなにかを確信したような表現をする。そして合唱団にそれを求める。
そんな中で、ウクライナの楽団とのステージで第九の3楽章をきいていたら、死を前にした安らぎのようなものを感じた。
その人生は安らかではなかったかもしれない。迎えた死も安らかではなかったかもしれない。
しかし死を目前に、それを受け入れた彼はあまりに安らかで、いとおしく甘い記憶に迎えられている。
自己の中に仕舞われた記憶かもしれない。
あるいはあらゆる記憶が繋がっているという集合的無意識(?うろ覚えだ)からの、またはそれらの管理者としての神(?)からの甘やかな贈り物かもしれない。
彼は死を受け入れ、死に優しく迎えられている。
3楽章にそのような印象を受けた。
そして4楽章に入り、彼は長い旅にでる。時に孤独に、そして多くの仲間とともに。
あるマエストロの時に、私にとってマエストロは歌われる天使ケルビムであった。それはときに楽園からきた乙女にも見えた。しかしその羽根のもとに包まれたいとも思った。
今回、ウクライナのマエストロは、道を照らす老賢者のようでもあった。
そして今、若々しいロシアのマエストロは、力強く気高く猛々しい偉大な翼を持つケルビムのようにも見え、あるいはいとおしさをあふれさせてしまったルシフェルのようでもあった。
マエストロであれマエストラであれ、
その指揮棒に導かれる間、私はまるで彼らに恋をする。
そこに私という個はなく、ただ彼らが視たなにか、扉の向こうを描くための絵筆となる。
彼の一部となり、集合的無意識にのまれ、有機化合物ではなく、エーテルに溶け出したなにかになりあまねく空間を充たす何かとひとつになる。
クリスチャンではなく、ワイン3杯のんでほろ酔いの日本人の感想である。
ベートーヴェンとシラーになんと言われるかは今は気にしない。
さて、残る公演、お立ちあい頂く皆様にすてきな時間とマエストロのイメージ具現化のツールとなれることを願って。
このコンサート中、私はマエストロに恋をする。
韃靼人とタタールのくびき
「タタールのくびき」
なんとなく、ロシアが不幸だった時代?とした認識していなかったのだが・・・
ボロディンの「イーゴリ公」の「ポロヴェツ人(韃靼人)の踊り」に取り組むに当たり周辺を調べていたら再び「タタールのくびき」に出会うこととなった。
まずはイーゴリ公の舞台がどこか?となるのだが、
現在のロシアの基礎となったキエフルーシのとある町。
その領主のイーゴリ公とその息子。
時は1185年。日本では源平合戦の終盤。治承・寿永の乱が終わって(?)、源頼朝が奥州藤原氏に攻め込んでいる頃。
【適当に解釈した身もフタもないあらすじ】
イーゴリ公の町は遊牧民ポロヴェツ人(韃靼人=タタール人)からの攻撃を受けて戦争中。
嫁の兄はなにやら企んでいるし、戦いに敗れて捕囚された先で息子は敵将の娘と恋に落ちるし、敵将はかつての戦友で、同盟を持ちかけてくるし、祖国が更に戦いに敗れているし、イーゴリ公は嘆くしかできない!そして敵将であるコンチャークはイーゴリ公を仲間にしたいので懐柔作戦展開!
そこで出てくるのが別嬪女奴隷による歌と踊り。これが「韃靼人の踊り」なわけである。
内陸深くに囚われた女たちだからこそ「海」が憧れであり希望となるわけだ。
そしてコンチャークを讃えまくる。
物語の終わりは息子は無事結婚(その後は不明)。イーゴリ公は帰還し再び戦いに身を投じる英雄譚、という感じだろうか。
物語のその後が気になる。
史実によれば、遊牧民族はユーラシアで勢力を拡大し、12世紀あたりにはチンギスハンによりモンゴル帝国が成立。キエフルーシも13世紀にはその支配下に下る。
それから始まったのが「タタールのくびき」と呼ばれるロシアの冬の時代。
歴史は誰の視点から見るか?で大きく変わる。
支配を受けたロシアからすれば、暗黒の時代。
後世から見たら、当初の侵攻時の残虐さはあるものの、納税強制の支配が始まればあとは割と自治に任せていたとも言われるており、一説にはゆるめの統治とも言われているらしい。
それは当時を過ごした当人たちにしかわからないことなのだろうけれど。
ちなみに、冒頭で奥州藤原氏を攻めてた源頼朝(のちの鎌倉幕府を開いた人)の弟、源義経は最後は非業の死を遂げているわけだが、北海道からモンゴルに渡りチンギスハンになったという伝説もある。完全に史実では否定されているのだが、江戸時代にも人気の説だったそうだ。
その後、14世紀前期倭寇で日本とモンゴル勢はぶつかることになる。
高校時代は世界史が苦手だったが、ようやく日本史と世界史をリンクしながら取り組めるようになってきたようだ。
まさか音楽がきっかけになるとは・・・。
京都にて。
タイトルは蝶々夫人である。
演出が素晴らしく、蝶々夫人を務めたソプラノの美しいことはもちろん、甲部の芸妓が舞い、日本の幽玄美が現されていた。南座でこその演出に、うっとりと魅入るばかりであった。
イタリアオペラであるものの、これは日本人が演じてこその妙ではないか。
オペラが総合芸術であるのなら、日本人以外のゲイシャメイクといわざるをえない白塗りは耐え難いものであるし・・・。
プッチーニが描いた悲劇はあの幽玄のなかで紡がれてこそ芯の姿を現すのではないだろうか。
日本史の点から見れば、猿田彦や天照の発音や仏教と神道の混濁もみられるものの。
話は逸脱するが、天照大神と天照彦、猿田彦、と神話の隠されたエピソードを邪推してしまったのはここだけの秘密である。仏教と神道の混濁は仏教伝来時から意図的に混合してきたものだから仕方ないとも思えるが。
逸脱ついでに京都といえば、秦氏である。
次回京都へ行くときは是非秦氏をめぐる旅、としてみたいものだ。そうすると飛鳥へも行かねばなるまい。
秦氏と蘇我氏、弓月と月読、仏教・神道・景教(ネストリウス派キリスト教)、となると、はるか西方の、ローマ帝国の分裂、西ローマ帝国の滅亡、と、大陸へとイメージは続く。
先日は中国で夏時代より更に遡る遺跡が見つかったのだという。
どこかマヤ文明を髣髴させるという噂の遺跡。
人は動く、文化は伝播する。その足跡が歴史となる。
音楽から始まった歴史への興味がこのようなことになるとは、楽しみなような、末恐ろしいような。
知識欲・欲深く。
仕事で見た画像が、いったいどの時代の文様をモチーフにしているのか気になって、調べだしたらきりがなくなってしまった。
おそらく、メソポタミア、ミケーネ、ササン朝ペルシア、オリエントとかそのあたりの言葉が飛び交うエリアのはず…
世界史は興味深いものの、世界中の時系列を関連付けていくのが苦手だったので、いまいち良く覚えていない…。
【ざっくりすぎる整理】
今気になっているのは「西洋~東洋を混ぜた感じの文明」で、「オリエント」と呼ぶエリア。多分古代の地中海から波及している。
おそらくヘレニズム文化。
ヘレニズム文化はアレキサンダー大王が、ギリシャ文明を各地に伝えて混ざった文化。
ギリシャ文明はエジプトとメソポタミア文明を混ぜたような感じ。
▼エジプトの文様:蓮華(ロータス)好き。上から見た図(ロゼッタ)、横から見た図とか、それらを繋げた唐草紋が好きだったようだ。→そしていつか仏教の文様と繋がった。
▼メソポタミア:チグリス川&ユーフラテス川の間!
ナツメヤシの模様とか好き。
キーワードは「シュメール、バビロニア、アッシリア」
▼ギリシア:植物と螺旋好き。渦巻きとかいろいろ。で、唐草になる。
↓
そしていろいろあってローマ。ローマはほぼギリシャ、ヘレニズムを継承。
▼ササン朝ペルシア:ギリシャ+インド風→シルクロードで中国を経て飛鳥・奈良時代の日本に届いたのはこの辺。
【アラベスク文様】植物文様のうち唐草系のこと。
モスクとかの装飾のイメージ。
※仏像はギリシャの神々の像に刺激を受けて作り始めたらしい。その為、初期のはちょっとギリシャ風(彫が深いとか)。ガンダーラ美術のあたり。
【ビザンチン】東ローマ!!トルコあたりのオリエンタルなイメージ。モザイク画。
多分、それぞれを掘り下げれば探している文様が見つかりそうだ・・・。
仕事で使うのは名目で、9割趣味。
躑躅の道
「初夏」ともいえる陽気だった。
夏は苦手だが初夏はとても好きだ。
真夏なんて3日もあれば十分なので、「杉花粉の飛ばない春」と「初夏」が長ければよいと思う。
カルミナブラーナで春について歌うところはこのような心地のよい季節を思い描いてしまう。
「Ecce gratum」等はまさにこのような気候を言祝いでいるのではないかと。
最寄駅に至る道は春は桜並木であるが、今は初々しい若葉がきらきらと陽に輝き茂っている。
川べりには菜の花が、そして雪柳、白木蓮がいっせいに花開き、
更に躑躅も咲き始めた。
私の大好きな作家、泉鏡花が『龍潭譚(りゅうたんだん)』の中で描く躑躅が印象的だった。
少年は躑躅の道をたどりながら、日常から、ふと、傍らの異世界に入り込んでしまう。
以来、私も躑躅を見るたびに、どこか傍らの異世界を想わずにいられない。
そういえば、『眉隠しの霊』の最後の「桔梗」の一文で、泉鏡花の世界に捕らわれたことを思い出した。
東京にも皇居東御苑、新宿御苑、根津神社など躑躅の名所があるようなので、迷い込んでみたい。