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2025年06月29日
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歴史

2014年04月06日
どこかの言葉で「歴史」という言葉の語源は「言葉言葉」なのだという。
学生時代、歴史の授業で教えてもらったことだ。
(日本古代史専攻であった)

今思えば、もっと古文に親しんでおけばよかったと思う。
特に和歌。
和歌に使われている言葉は凄い。
表面的にはただ美しい自然の風景を歌っているようにしか思えない(現在の私にとって)ものが、実は政治風刺であったり、など全く別の意味を伴っていることを最近になって知った。

言葉が持つ本来の意味を知らなくては歴史は学べない。
というべきか?
歴史を学ぶことは言葉を学ぶことでもある。
二つは両輪のようだ。
当時理解されていた言葉の意味を知らなければ、荒唐無稽な昔話になってしまう。

もっと学びたいのだ。
何かを伝える為に歴史は言葉によって伝えられてきたのだろうから。

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海外の歌曲に接するにあたって、海外の言語を(時にその中世や古代の言葉も)学ぶことになる。
その言葉の成り立ちを知らないと、詩歌に込められた作者の本意を見抜くことは到底できない。
単に発音の羅列になってはいけないのだ。
合唱指導の先生も語っていた。
音楽を見る美しい魂が必要だ、と。

どうにも濁りきった自分の心が哀しく、どうにか澄んだ心でありたいと願う。


先日の紋章についての考察メモ①
・「Α(アルファ)」と「Ω(オメガ)」を意匠化したもの。
・始まりと終わり。
・始まりの向こうに遠近法的にオメガが描かれている。
→始まりから「終わり」を見つめている
・アルファがペンローズの三角形で描かれている、それは何を表しているのか?
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ニュージーランドのワイン

2014年04月06日
年度末、新年度とあわただしく過ごしていたら、花見の宴は催せなかった。
おそらく今年も京都にはいけないだろう。
自宅から最寄り駅までが桜並木なので、日々の行き帰りが花見であった、ということにしよう。
くやしいので、今日は久々にミニボトルではなく買い貯めてあるワインをあけてみた。
ニュージーランドの白。
伊勢丹のワイン催事で試飲で酔っ払いながら1ダースほどいろいろ買ってしまったワインのうちの1本である。
飲んで思い出したが、なにやら古めかしい樽を選び仕込んだので樽の香りが強く出ている、と説明を受けたワインがこれだったようだ。
ぴりりとしたフレッシュ感(ラベルにはライチのような、とか書いてあった)の奥に、樽の香りが追いかけてくる、辛口で飲みやすい。
ついつい4杯ほど飲んでしまい、酔ったままこの文章を書いている。
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日付が変わってしまったが、今日も合唱のレッスンであった。
桜が風に舞い、散っている。
練習会場の近くは花見の名所でもあるから、駅では花見客と思しき人々が沢山降りた。

やはり語学を学ぶというのは良いことのようだ。
先生の言っていることが理解しやすい。

不規則動詞のことや、語尾の活用の事など、もし私が勉強していなければきっと脳内に「?」で終わったであろう。

さて、問題が一つ。
今後、どうやらロシア語にも取り組まなくてはならないようだ。
数年前に、上司の趣味がロシア語だったこともあり、少し取り組んでみたことがあるのだが・・・(ミステリアスな上司は今はロシア大使館の人と仲が良いらしいのだが…音楽には興味が無いようで、残念)結局途中で放り出した。使う場面がなさ過ぎて、のことなので、今度のことのように積極的に使う可能性があるのならば脳細胞も興味を盛ってくれるのではないか。
父のロシア語の辞書は古いので、新たに買わねばならないだろうか・・・
(父は新婚時代に寝言がロシア語だったことがあったらしい。生きていれば教えてもらいたかったが)
キリル文字は独特で結構好きだ。
ロシア語の響も好きだ。

しかし・・・イタリア語、フランス語にロシア語・・・どうなることやら・・・。
ああ、ドイツ語も増えるらしい。
ドイツ語とイタリア語はユニークな参考書があって楽しく取り組んでいるが(特にドイツ語は挿絵が気に入っている)、フランス語は現在会話の基礎を行きつ戻りつ・・・。
職場で無駄にフランス語の落書きをしている。

学生時代の英語は、教科書の挿絵が嫌いで開きたくなかった、という偏屈なので、明日からはロシア語の参考書を探しに行こう。
前回、放り出してしまったのは、たぶん、参考書の挿絵が気に入らなかったからだ、ということにしておこう。

きっと音大の声楽科の生徒というのは語学が堪能に違いない。
うらやましい限りである。

カルミナブラーナ

2014年03月30日
人生2回目のカルミナブラーナである。


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3月、某合唱団のオーディションに、ダメもとで参加したら合格した。
実際ステージに立つには更にオーディションがあるらしいのだが、とにかく素直に嬉しい。
「オーディション」などと名が付くものは人生で初めてであるから、まったく何を準備すればよいのかわからなかったが、とにかく課題曲の復習と、1週間前に師匠に発声稽古をつけてもらったぐらいだ。

課題曲は2曲あったのだが、どちらも歌うのだと勘違いしたまま当日を迎え、オーディション会場で「どちらか一曲を選んで歌う」と知り、優柔不断名誉会長である私は、5分前くらいにようやく腹をくくった次第である。
待合室は素晴らしく美しい声のマドモワゼルやマダムが次々と発声練習をしておりそれだけでも別世界であった。
いかに自分が場違いな場に来た怖いもの知らずなのかと思い知るも、やるからにはやらねばならぬだろうという変な矜持でどうにかその場に居ることができた。
おそらく、音大出身や、音楽経験豊富な方が多いのだろう。惚れ惚れするような声ばかりであった。

別室のオーディションには数人組みで移動し、一人ずつ総監督の前で歌うのだ。
まさか総監督がいるとは思っておらず、また変な震えが追加される・・・。
前日に仕事で声を枯らしてしまい、薬剤師に泣きついて選んでもらった薬と用法用量を守らないトローチを放り込んでいる身で対峙するにはあまりに雲の上の存在。
視線は天井の向こう側へ飛んでいった・・・。

にもかかわらず、総監督から合唱団参加の諾を伝えられた時はひざが笑っていた。
この人の思い描く音の一つになれるよう、努力しようと思う。

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日付が変わってしまったが、今日はカルミナブラーナのレッスンであった。
人生二回目のカルミナブラーナである。
とはいえ、1回目は、追うだけで精一杯な状態であったから、今回は、言葉の意味、音形に託された意味などもきちんと理解したうえで取り組めるようにしたい。

カルミナブラーナはラテン語と古典ドイツ語からなる。
歌に関わるようになってからドイツ語とイタリア語の理解は必至であると痛感し、独学であるが取り組んでいる。いずれはラテン語まで辿り着きたいものであるが、英語で躓いている身としては無謀とはわかりつつもやってみるしかない。
更に別件でフランス語まで手を出す羽目になり、先が見えない。

しかし、少しでも語学を学ぶと今まで気づかなかったことがわかるようにな(ったような気がす)る。
例えば、
・冠詞や接続詞がわかれば歌い方(語り方)が変わる。
・名詞に男性名詞・女性名詞(ドイツ語は中性名詞まで)があり、それらによって動詞や形容詞が変化していく為、韻を揃えるために言葉を選んでいるのだろうと推察。
・二人称には親称、敬称があり、それにより動詞が変化する為、詩のニュアンスが理解できる。
・イタリア語は主語によって動詞が変化し、その為主語は省略されやすい。
今のところはこれ位だが、何も知らなかったときよりは少し理解の助けになるようになった。

そのようなことを考えていたら、やはり詩を分析すべきだと思い、学生の頃を思い出しノートに書き出してみることにした。
PC生活が長い為、考え事を起こす場合は、ペンよりもキーボードの方が脳と繋がっていると感じているくらいだが
何かを細かく理解しようとしたら、やはり自由に書き込めるという「手書き」に勝るものは無いように思えた。

久々に学生の気分だ。
今度はきちんと辞書を買ってみよう。

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今回は別の曲の楽譜も頂いた。
美しくも切ない旋律であった。
Fならばどこか牧歌的なのだが、#Fは哀しみを秘めた朗らかな美しさだ。
音楽と絵画と哲学と数学はとても近しいものに思う。
もっと学びたい。


総監督の紋章にはαとΩが描かれている。
哲学的であり、数学的である、と思った。
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