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2025年05月13日
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カルミナブラーナ

2014年03月30日
人生2回目のカルミナブラーナである。


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3月、某合唱団のオーディションに、ダメもとで参加したら合格した。
実際ステージに立つには更にオーディションがあるらしいのだが、とにかく素直に嬉しい。
「オーディション」などと名が付くものは人生で初めてであるから、まったく何を準備すればよいのかわからなかったが、とにかく課題曲の復習と、1週間前に師匠に発声稽古をつけてもらったぐらいだ。

課題曲は2曲あったのだが、どちらも歌うのだと勘違いしたまま当日を迎え、オーディション会場で「どちらか一曲を選んで歌う」と知り、優柔不断名誉会長である私は、5分前くらいにようやく腹をくくった次第である。
待合室は素晴らしく美しい声のマドモワゼルやマダムが次々と発声練習をしておりそれだけでも別世界であった。
いかに自分が場違いな場に来た怖いもの知らずなのかと思い知るも、やるからにはやらねばならぬだろうという変な矜持でどうにかその場に居ることができた。
おそらく、音大出身や、音楽経験豊富な方が多いのだろう。惚れ惚れするような声ばかりであった。

別室のオーディションには数人組みで移動し、一人ずつ総監督の前で歌うのだ。
まさか総監督がいるとは思っておらず、また変な震えが追加される・・・。
前日に仕事で声を枯らしてしまい、薬剤師に泣きついて選んでもらった薬と用法用量を守らないトローチを放り込んでいる身で対峙するにはあまりに雲の上の存在。
視線は天井の向こう側へ飛んでいった・・・。

にもかかわらず、総監督から合唱団参加の諾を伝えられた時はひざが笑っていた。
この人の思い描く音の一つになれるよう、努力しようと思う。

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日付が変わってしまったが、今日はカルミナブラーナのレッスンであった。
人生二回目のカルミナブラーナである。
とはいえ、1回目は、追うだけで精一杯な状態であったから、今回は、言葉の意味、音形に託された意味などもきちんと理解したうえで取り組めるようにしたい。

カルミナブラーナはラテン語と古典ドイツ語からなる。
歌に関わるようになってからドイツ語とイタリア語の理解は必至であると痛感し、独学であるが取り組んでいる。いずれはラテン語まで辿り着きたいものであるが、英語で躓いている身としては無謀とはわかりつつもやってみるしかない。
更に別件でフランス語まで手を出す羽目になり、先が見えない。

しかし、少しでも語学を学ぶと今まで気づかなかったことがわかるようにな(ったような気がす)る。
例えば、
・冠詞や接続詞がわかれば歌い方(語り方)が変わる。
・名詞に男性名詞・女性名詞(ドイツ語は中性名詞まで)があり、それらによって動詞や形容詞が変化していく為、韻を揃えるために言葉を選んでいるのだろうと推察。
・二人称には親称、敬称があり、それにより動詞が変化する為、詩のニュアンスが理解できる。
・イタリア語は主語によって動詞が変化し、その為主語は省略されやすい。
今のところはこれ位だが、何も知らなかったときよりは少し理解の助けになるようになった。

そのようなことを考えていたら、やはり詩を分析すべきだと思い、学生の頃を思い出しノートに書き出してみることにした。
PC生活が長い為、考え事を起こす場合は、ペンよりもキーボードの方が脳と繋がっていると感じているくらいだが
何かを細かく理解しようとしたら、やはり自由に書き込めるという「手書き」に勝るものは無いように思えた。

久々に学生の気分だ。
今度はきちんと辞書を買ってみよう。

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今回は別の曲の楽譜も頂いた。
美しくも切ない旋律であった。
Fならばどこか牧歌的なのだが、#Fは哀しみを秘めた朗らかな美しさだ。
音楽と絵画と哲学と数学はとても近しいものに思う。
もっと学びたい。


総監督の紋章にはαとΩが描かれている。
哲学的であり、数学的である、と思った。
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